「音楽をかけて。ジャズがいい」
ユーチューブで適当なのを物色して再生する。
古いピアノ曲が部屋に流れる。
先日、家人のオーディオ機器が壊れた。
以降、彼女がキッチンに立つ時は、僕のノートパソコンから音楽を流している。
10代の頃からジャズ喫茶に出入りしていた家人はジャズに詳しい。
僕自身も背伸びして聴いていた時期もあったのだが、今にして振り返ってみると日々の奔流に押し流されて、そんなことも忘れてしまっていた。
「昨日、あなたは何をしていたの?」
「そんな昔のことは忘れたね」
「明日は何をしているの?」
「そんな先のことはわからないさ」
ずっと昔に観た映画を思い出す。
あの時に思い描いた大人には僕はなれなかったけれど、あの時に出会った家人は今でもあの時のままだ。
友人だった頃、僕の気に入っていたジャズ喫茶にふたりで出かけた。
いつも赤字で、その日はライブだというのに客は僕らのふたりだけだった。

「何をにやついているの?」
振り返った家人が訝しげに尋ねた。
「曲を聴いていて、昔のことを思い出した」
「お酒がほしくなったんでしょう?」
「うん」
あの頃から、僕はつま先立ちだ。
家人となった彼女には今も頭は上がらず、それでもどこかでやせ我慢を抱えて、理想の大人を目指している。
グラスに注がれたビールを家人から受け取り、
「とまあ、理想ははるか先なのですが」
と、家人に苦笑する。
「恰好つけたいんだけどね、どうも落ち着くとこが『ねすみ男』でさ」
「あら、彼の頭巾って、シルク製って言ったのあなたでしょう。わたし、シルクは好きよ」
家人よ、そこはやはり、ねずみ男と言ってほしいのだがね、僕としては。
「自分を甘やかしてはダメよ」
彼女の言葉を貰ったビールとともに飲み込んだ。